14)日本の洋画黎明期の画家たち その32 佐伯祐三

その32 佐伯祐三

佐伯祐三(1898年ー1928年)は大正ー昭和初期の洋画家です。 1898年(明治31年)大阪市北区中津の光徳寺の次男として生まれた。 佐伯は画家としての短い活動期間の大部分をパリで過ごし、フランスで客死した。 作品はパリの街角、店先などを独特の荒荒しいタッチで描いたものが多く、風景画にはモチーフとして 文字の登場が多い。街角のポスター、看板、などの文字を造形要素の一部として取り入れている点が 特徴的である。 1917年(大正6年)東京の小石川にあった川端画学校に入り、藤島武二に師事する。 1918年に東京美術学校西洋画科に入学して引き続き藤島武二に師事。1923年卒業。 なを在学中に結婚した佐伯の妻(旧姓池田)も絵を描き、二科展で入選している。 佐伯はその後、満30歳で死去するまでの6年足らずの画家生活の間、2回パリに滞在し、代表作の多くは パリで描かれている。 1926年に一旦日本に帰国、パリの友人である前田寛治、里見勝蔵、小島善太郎らと1930年協会を 結成。 2回目の渡仏は1927年から、しかしその後ふたたび日本の土を踏むことはなかった。 佐伯は旺盛に制作を続けていたが、1928年持病の結核が悪化、精神面でも不安定となり、精神病院に 入院。一切の食事を拒み、同年死去した。 代表作郵便配達夫は大阪市立近代美術館に所蔵されている。