14)日本の洋画黎明期の画家たち その44 木下孝則

その44 木下孝則

木下孝則(1894年-1973年)大正ー昭和期の洋画家。写実的な女性像を得意とした。戦後の一連の バレリーナの作品で知られた。 明治27年(1894年)東京に生まれる。 大正7-8年 京都帝大、東京帝大哲学科を中退。 大正10年(1921年)第8回二科展で初入選。洋画研究のため渡仏。 大正12年帰国。翌13年二科会展で樗牛賞受賞。大正14年(1925年)二科賞受賞。 昭和元年(1926年)前田寛治、佐伯祐三、里見勝蔵、小島善太郎らと1930年協会を設立。 昭和2年 春陽会会員に推挙、 昭和3年 34歳で渡仏。以後帰国するまでサロンドートンヌに出品。 昭和5年 春陽会退会。 昭和10年 帰国 昭和11年 42歳で二科会会員に推挙され、滞欧作品19点を特別展示されるが、小山敬三らと同年退会。 昭和11年(1936年)一水会創立に参加。以後一水会展に出品。戦後は日展評議員もつとめる。 一貫して都会の洗練された婦人像を描き、穏健な写実家として知られた。 作品にN嬢像、後ろ向きの裸像、バレーダンサー、などがある。一水会の結成時の作品として、「I氏肖像」 東京国立近代美術館所蔵「T令嬢像」京都市美術館所蔵、がある。 昭和48年(1973年)横浜市で没、享年79歳。