14)日本の洋画黎明期の画家たち その17 藤島武二

その17 藤島武二

藤島武二は鹿児島市の薩摩藩士の家に生まれた。(1867年(慶応3年)-1943年(昭和18年)) 明治末から昭和期にかけて活躍した洋画家である。 明治から昭和前半まで、日本の洋画壇において長らく指導的な役割を果たしてきた。 ロマン主義的な作風の作品を多く残している。 最初は四条派の画家や川端玉章に日本画を学ぶが、のち24歳のとき、洋画に転向。 1896年黒田清輝の推薦で東京美術学校(現東京芸大)助教授に推され、以後没するまで同校で後進の 指導にあたった。 1905年(明治38年)文部省から4年間の留学を命じられ渡欧、フランス、イタリアで学ぶ。 帰国後教授に就任。 黒田が主宰する白馬会にも参加。 白馬会展には1896年(明治29年)の第1回展から出品を続け、1911年の白馬会解散後も文展や 帝展の重鎮として活躍した。 1902年に天平の面影を発表、明治ロマン主義の色濃い作品を次々に発表しました。 ヨーロッパ留学中はコルモン、カロリュス、デュランに指導を受けますが、同時に新しい思潮も吸収しました。 特にイタリア滞在中はのびのびした筆致で油絵具の特質を生かした人物画、風景画を多く残しました。 20年代前半はイタリアルネッサンス風の横顔の女性像を描き、西洋と東洋の融合を追及しています。