41)日本の洋画黎明期の画家たち その41 有島生馬

その41 有島生馬

有島生馬(1882年(明治15年)-1974年(昭和49年))は横浜市出身の画家です。有島武郎の弟、里見弴の兄。 東京外国語学校卒業。藤島武二に師事し洋画を学ぶ。 少年時代からの友人であった志賀直哉や児島喜久雄らとともに「白樺」創刊に参加して文壇に登場。 兄、武郎の死後は、その実子、森雅之を育てた。 生馬はセザンヌを日本に初めて紹介するなど、画家として日本の美術界で重要な人物。 第二次世界大戦中に佐久市に疎開した縁で1950年に信州新町を訪ね、美しい犀川ダム湖を琅ろうかくこ鶴湖と 命名。信州新町の自然と素朴な人柄に惚れ込み8回も来訪を重ねました。湖畔に立つ赤い壁の西洋建築 有島生馬記念館は生馬のアトリエだったもの、琅鶴湖を見渡すラウンジに立つと、画家が好んだ静謐な空気 や山里の風情を感じることができます。 1906年(明治39年)欧州に留学、ローマ、パリで学ぶ。セザンヌ回顧展で大きな感銘を受ける。 1911年 文展に入選 1914年 二科会創立に加わる。 1935年 帝国美術院会員となる。 1936年 安井曾太郎らとともに一水会設立に参画 1958年 日本美術展覧会(日展)常務理事に就任 1964年 文化功労者 1974年(昭和49年)91歳で死去。